月別アーカイブ: 2014年4月

【映画】『ロミオ&ジュリエット』

シェークスピアの台詞を再現という実験的な試みはすごいと思うし、演出も嫌いでない。
しかしシェークスピア時代の人間と我々は、価値観や文化が違う。
現代を舞台にしているためかえってそのギャップが目立ち、ロミオとジュリエットはじめ登場人物がより衝動的に見えて(アホに見えて)感情移入できない。

この頃のディカプリオの顔がくしゃおじさん化していないことが少し新鮮。
最近、経年劣化のためかどんどんつぶれていってるねんな〜。

【本】『ノーマン(全3)』手塚治虫

あとがきにて、当時リアル志向だった少年漫画に「あえて」背を向けて描いた冒険SFだとか。
残念ながらその試みは成功と言いがたく、五〇年代の手塚氏が先祖返りを起こしたようにいたずらに扇情的、話があっちこっちへ進み、僕達の住む現実社会との接点もないので感情移入もできず、唐突に打ち切られ納得しがたいラスト。

【映画】『素敵な相棒 フランクじいさんとロボットヘルパー』

心温まる話かと思ったら思いのほかブラック。
善悪の区別がつかないロボットに犯罪の片棒を担がせて、それが素敵な相棒ってどういう邦題のセンスだ!?
こういうロボット物では何かの事故でロボットの記憶が失われ、そのデジタルな記憶が超自然的な力、根性、あるいは偶然で復活するところに泣き所を作るものだが、この映画は逆。
こんな後味の悪いラストを観たら、元祖ロボット三原則アシモフが天国で泣くぞ!

【本】『物語の命題 6つのテーマでつくるストーリー講座』大塚英志

大塚氏の物語創作入門シリーズ。
漫画におけるテーマは一番地味で実践することが難しい。そもそも僕の周囲の漫画家はテーマを意識して作品を描いていないような気がするし、逆にテーマを意識して描いている人はこの本を必要とするのだろうか。

【本】★『イソップ寓話集』イソップ

元祖自己啓発本。
通して読むとそれぞれの寓話は矛盾しており、一貫性はない。
だからこそあらゆる読者が自分の状況に応じて都合のよい寓話を探しだすことが出来るのだろう……という寓話ができそうだ。

読了時間:6時間

メモ:
三一 ロマンス・グレーと二人の愛人
ロマンス・グレーの男が、若い娘と年長けた女と、二人の愛人を持っていた。婆さんは、自分より若い男と語らうのがきまり悪くて、男が通って来るたびに、髪の毛の黒いのを抜き続けた。若い方は、年寄りを愛人にするのに気が引けて、白いところを抜いた。こうして、両方から代わる代わる抜かれた男は、遂に禿になってしまった。
このように、何につけ不釣合いは怪我のもと。  

三五 人間とサテュロス
ある時、人間がサテュロスと友情を結んだということだ。やがて冬が来て、寒くなった時、人間は両手を口の前へ持って行き、息を吹きかけた。何のためにそんなことをするのか、とサテュロスから尋ねられて、しばれるので手を暖めるためだ、と人間は答えた。
その後、二人が食卓を挟んだ時のこと、料理が大変熱かったので、人間は少しずつ口元へ持って行き、息で冷ました。なぜそんなことをするのか、と再びサテュロスから訊かれて、料理が熱すぎるので冷ますのだ、と答えたところ、サテュロスはこう言った。
「あんたとの友情もここまでだ。同じ口から、熱いものも冷たいものも吐き出すような奴とはな」
そこで我々も、性格のはっきりしない人との友情は避けなければならぬのだ。

六三 弁論家デマデス
弁論家デマデスがアテナイで演説をしていたが、聴衆が身を入れてきいてくれないので、イソップの寓話をはじめました。
「デメテル女神とツバメと鰻が道連れになって、川のほとりにやってきた。ツバメは空へ飛び上がり、鰻は水に潜った」
と、言ったまま、デマデスが次を言わないで黙り込んだので、
皆が「デメテルはどうなったんだ?」と尋ねました。
答えて言うには「デメテルはおまえ達に腹を立てていなさるのだ。国の問題をほったらかして、イソップの寓話なんぞを聞きたがるからのう」
寓意・このように、しなければならないことを等閑にして快楽を選ぶのは、考えのたりない人のすることである。

一〇九 ゼウスと羞恥心
ゼウスは人間を作ると、すぐにさまざまな心の動きを注入したが、羞恥心だけは忘れてしまった。そのため、どこから入れればよいか困って、羞恥心には肛門を通って入ってくれと頼んだ。羞恥心は初めは嫌がり、プライドを傷つけられて憤慨していたが、
ゼウスが強くせがむので、言うには、
「では、次の条件でなら入りましょう。もし他のものが更に入って来たなら、すぐに私は出て行きます」
.男色家が恥知らずなのはこういうわけだ。
淫らな男に対してこの話は適用できる。

三六八 川と牛皮
鼻っ柱のつよい元気者も人生の苦によって地に塗れる、ということ。
川が自分の上を流れて行く牛の皮に、
「何者だ」と尋ねた。
「堅牢無比と呼ばれています」と答えるので、流れでひたひたと揉みほぐしながら、
「別の呼び名を探すのだな。わしが今にお前をふにゃふひゃにしてやる」と言った。

四三四 鷲(ワシ)に乗った鷦鷯(ミソサザイ)
イソップの鷦鷯は鷲の肩に運ばれていたが、突如飛びおりて、先にゴールを切った。

【夢】「望狩りしようぜ!」

冗談交じりに友達が何度も叫んでいる。
場所は何処か知らない海辺、中学生の僕は日記ノートを手に持ち、クラスメイトから石を投られ走って逃げている。
波に足を取られて倒れる。
みんなの投げた石が当たりそうになる。
「望狩りしようぜ!」
日記ノートを握って奪われないよう、後ろ手に隠す。
ノートは海中でびしょ濡れ。
「やめてくれ!」

自分の絶叫で目を覚ます。

【本】『ミクロイドS(全3)』手塚治虫

二〇年ぶり再読。やっぱり面白い。
僕はこの戦闘スーツみたいな手塚氏っぽいデザインがイイ〜!ともだえてしまうのだが、一般的にはこれが古臭くて敬遠してしまうのだろうか。
昆虫対人類の戦いは、ジョジョ第四部重ちーのハーヴェスト相手に闘うようなもので、仗助いわく「ハーヴェストに勝てるやつがいるとは考えられない」のだ! 実際にこんなことが起こったら人類はボロ負けだろう。昆虫だけは怒らせないようにしようと思った。

【本】『フライングベン(全3)』手塚治虫

超能力をもった犬の兄弟が環境の違いによって別々の生き方を選ぶ。功利主義なウルと規範主義なベン、このように手塚氏は物語の中で主人公とシャドウの対比を描くことは多い。
犬嫌いな僕は割り引いて読んでしまうためか、手塚氏がアニメ化のためパイロット版を二度も作るほど執着する意味がわからなかった。

【本】『海のトリトン(全4)』手塚治虫

この作品の中には絶対的悪が存在しない。敵組織も人間も立場が違うから主人公と対立するだけで、みな矜持を持ち、自分のルールに忠実に生きている。
はっきり勧善懲悪にならないそのグニャグニャとした世界の割り切れなさに象徴的な現実を、自分のルールに忠実な(筋の通った)登場人物に手塚氏の理想を見る。

【本】『奇子(全3)』手塚治虫

今読み返してみると、近親相姦のどろどろとした世界すらも文学的にまとめ上げてしまう、手塚氏の物語る腕の達者さが、教科書的、優等生的。
一般に言われるほどエグくない。
『楡家の人びと』『百年の孤独』『カラマーゾフの兄弟』……他の家系ものを読むとその都度、手塚氏の受けた影響と相違が新しく浮かび上がってくる楽しみがある。

【夢】AV撮影のため僕は待ち合わせ場所へ向かう。

そこは高級ホテルの一階、エレベーターの前。
僕が駆けていくと、すでに到着している人がいる。
よく見るとそれはもう一人の自分だ。
自分を客観的に見て、
「キモっ! 自分がこういう風に見えることを認識しないと」
と思っていると、こっちを見ているもう一人の自分も同じことを考えていることが僕にわかって、しかも僕がそう考えていることが相手にわかって、それも僕がわかってしまい……
お互いの思考が無限にグルグルと回りだして止まらなくなる。

【映画】『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』

自分の生き方を全うせずにいると次の代に因果が持ち越される。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』みたく悪いことに悪いことが重なり、観客に対してストレスのかけ方が尋常でない。
ラスト、ほんの少しだけ、因果が好転しそうな予感が見えることが救い。

【映画】『THE ICEMAN 氷の処刑人』

最近のウィノナ・ライダーはマイケル・ジャクソンが女装したみたいに見えて仕方がない。白塗りの肌に幾何的な眉、目鼻立ちの印象?
ある意味ICEMANより怖い……ってあい済まん。

殺人者の内面を追った内容かと思いきや、意外とギャングもの要素が強かった。
ギャングって仁義や気遣いが一番大事で、度胸と行動力はその次の要素。
あとは気持ちの切り替えか。
殺した相手に対して感情移入せず割り切るエゴと、自分が生きる心の支えとして家族に対する愛情。裏表。

【本】『火の鳥(1~2)』手塚治虫

「黎明編」猿田彦の鼻が大きくなったのはこの時代にハチに刺されたからで、生まれ変わってもつきまとう鼻が大きくなる業(カルマ)、謎すぎる!
モチーフとしての火の鳥(テーマ)が物語と絡み合い、昇華するその巧みさはシリーズの中で随一。史実、神話の織り交ぜ方もハマっているし、一〇代の初読時より楽しんで読むことができた。

【本】『火の鳥(3)』手塚治虫

「未来編」猿田博士がムーピーを実験して得たデータが何も生かされていない。そもそも火の鳥が主人公に永遠の命を与える意味がわからない。もしそうするなら、風化した肉体が元になって地球の新しい生命が生まれなければ意味が無い!
物語自体は行き当たりばったりで起伏に欠ける。しかし終わる直前からの怒涛のクライマックスと、空間と時間・因果の連鎖のテーマは手塚漫画どころか日本漫画史に残るオリジナリティと先進性。
「黎明編」と「未来編」はセットで読むべき物語だし、さらにいうと続編は全て壮大なスケールのエコー(こだま)だ。

【本】『火の鳥(4) 』手塚治虫

「ヤマト編」史実の絡め方は面白いけれど、「未来編」の続編として読むとかなり手痛い肩透かしを食らう。
輪廻を繰り返しながらも人間が上昇していくさまがあまり伝わってこなくて、また「黎明編」に引き戻されている!みたいな。

「宇宙編」一〇代で初めて読んだとき、これは推理物としてはいい加減過ぎるやろ〜と憤慨したものだし、コマ割りは斬新というより読みにくさを感じた。おそらく当時の手塚氏が新しいことをやろうとした一つの枝の先端だったのではないか。それが今となってはかえって古いが。
煉獄のような惑星で生きていくためメタモルフォーゼした人間のイメージは強烈。

【本】『火の鳥(5~6)』手塚治虫

「鳳凰編」茜丸の頭を抱くブチ。都から離れて美しい自然を眺め涙を流す我王。これを読んで感動できない奴とはわかりあうことができないと思う。
それにしてもちょっと卑怯なことをしたぐらいで未来永劫、悲惨な因果をむかえる茜丸がかわいそう。我王は素晴らしい作品を作ることができるけど大量殺人犯やんか。

【本】『火の鳥(7~8) 』手塚治虫

「復活編」『火の鳥』でこの作品がいちばん好き。
主人公が復活したとき、破損された脳を人工的に再生したため人間が無機質に見えるシーン。ロボットのチヒロと美しい自然の中でデートしている絵を人間側から引いて眺めると燃えたぎる溶鉱炉だったシーン。
何度読んでも悶えてしまうぐらい、イイ!

「羽衣編」『火の鳥』とあまり関係ない話。手塚氏の漫画、物語作りの達者さがじゅうぶん過ぎるほどわかる。

【本】『火の鳥(9~10)』手塚治虫

「望郷編」この全集版が、僕が持っていた角川ハードカバー版よりエピソードが多く、いくつかの演出が根本的に違うことに驚く。版によってここまで描き直すものなのか。
ちなみに個人的に僕は「望郷編」はグダグダなうえ感情移入できる相手がいないのであまり好きくない。

【本】『火の鳥(11~12) 』手塚治虫

「乱世編」あらかじめ決められた物語の構成(プロット)を守るためキャラクターの主体性が犠牲になっているように見える。
確かに歴史・運命は抗えないものだがそれは後で俯瞰したときにしかわからないことで、あくまでもキャラクター自身が歴史を作るのだ。そう見えないということはキャラクター造形がズレているか、歴史が間違っているかどちらか。
火の鳥「黎明編」と「未来編」の奏でる大きなエコーが途切れかかっている?

【夢】僕はビルの屋上で友達を待っている。

「今からヘリコプターで行くよ」と友達の藤倉氏(実在する記者)から携帯電話に連絡が入る。
しばらく待っていると、藤倉氏の乗ったヘリコプターが下から姿を見せる。
しかしヘリコプターは調子が悪いのかガクンガクンと揺れている。
そのまま高度を下げ、勢いよく地面に落下。
藤倉氏が天井に頭をぶつけて即死する映像が見える。
僕は何も出来ずただ見ているだけ。

【本】★『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』クリストファーロイド

宇宙が始まってから現在までの一三七億年の歴史をを二四時間(一日)で区切って書かれている。本全体の五分の四が残り一秒(人類の文明の一万年)の記述に費やされており、現在に近づくほどページ記述の密度が跳ね上がっていく。
そういえばこのまま進めば未来はすごいことになる……と物心ついたころ僕はワクワクしていたのだが、火星に人類が到達することもなく人工知能が生まれることもなく、しかしネットや携帯というものが発達して、現実というものはすごいとすごくないの間の煮え切らないところに落ち着くのだな……と思った次第。

メモ:
●カモノハシは哺乳類で唯一、電流センサーを備えている。くちばしの中。

●人口が四七五人を下回ると近親交配のおそれ。アボリジニは五〇〇から八〇〇人単位の村で生活。

【本】『ヨハネスブルグの天使たち』宮内悠介

簡易な文章なのに、それがまとまって段落になると頭に入ってこない不思議さ。
状況説明をするとスタイリッシュさを削ることになることはわかるが、スタイリッシュさを残してわかりやすくできなかったのかな。
あたかも当然のことのように状況説明を飛ばして物語だけは進んでいくから、置いてけぼりの不安な気持ちが最後まで残った。

【映画】『炎のランナー』

タイトルから『ロッキー』みたいな映画を想像していた……
原題は『 Chariots of Fire』、炎の戦車という意味。
これはラストで聖歌隊が歌うウィリアム・ブレイク『エルサレム』の歌詞「Bring me my chariot of fire!(火の戦車を与えてくれ!)」から由来。
この「Bring me my chariot of fire!(火の戦車を与えてくれ!)」は、自由な精神活動のため権威や権力に屈しないというの決意表明で、聖書『列王記』で預言者エリヤが火の戦車に乗ることから引用されている。
そんなわけで邦題は微妙にズレているから、僕が勘違いするのも無理はない。

【本】『ケン1探偵長 (全2)』手塚治虫

『透明人間』が一番映画的で面白かった。その他の話は全体的にコマ割りが細かくて読み進むのに苦労する。
途中、唐突にコマが大きくなっているページが続く。単行本化に合わせて修正したものと思われるが、話の整合性そのものより、線が太くなったり細くなったり切り抜いた修正部分のズレが目立ったり絵柄が変わったり、修正したことで目立つ絵のアラが気になって仕方がない。

【本】『おれは猿飛だ!(全2)』手塚治虫

あとがきより、連載当時すでに忍術と妖術をごっちゃにした忍者モノは(連載が)「終わってホッとするほど」「アナクロニズム(時代錯誤)のはなはだしいもの」だったということだが、よほど不本意だったのか作品発表から二〇年後の全集刊行の際に流行りを取り入れて描き直し、「奥の手ジョーズの術!」「南蛮秘術エイリアン!」「忍法スターウォーズ!」と登場人物に叫ばせている。
それがかえって「アナクロニズム(時代錯誤)のはなはだしいもの」を際立たせていると僕が思ったこの全集版が出てからさらに三〇年後のいまの話。

【本】『ザ・クレーター(1)』手塚治虫

第五話「生けにえ」はアンブローズ・ビアス「アウルクリーク橋のできごと」から着想を得たものだと思われる。
処刑される寸前の男が川に飛び込み息つく暇もない逃走劇の末、愛する妻のもとに辿り着いて抱擁する。しかしそれはアウルクリーク橋の横で今まさに処刑された男が一瞬の間に見た夢であった……というもの。
手塚氏の「生けにえ」は舞台を現代に換骨奪胎したうえ、古代アメリカというエキゾチックなパウダーをふりかけている。