こんな映画を観た!」カテゴリーアーカイブ

映画の見方がわからない人が感想を書いています。ばんばんネタバレしていきますよ〜!
フェイバリット映画は『遊星からの物体X』。
時々アニメやドラマやドキュメンタリーの感想も入ります。
(特に記載がない場合はDVDでの鑑賞です)
 
このカテゴリーの目次はこちら→こんな映画を観た!

【映画】『ある日どこかで』

リチャード・マシスン原作のSFラブストーリー映画。
現在の物語ではタイムスリップという概念が説明無しで起こるのに、この映画の時点(一九八〇)ではかなり詳細に説明している。同じ八〇年代の『バック・トゥー・ザ・フューチャー』でも詳細に説明していた。『恋はデジャ・ブ』(一九九三)『バタフライ・エフェクト』(二〇〇四年)ではギミックなしに時間を移動できる。『君の名は』(二〇一六)は「もうこれはこういうものですよ」扱いだった。

この映画で主人公は一九七〇年代から六〇年前にタイムスリップするのだが、その違いは相当なもので、テレビもないラジオもない車もそれほど走ってない(馬車移動の時代)。
今で言えば『三丁目の夕日』にタイムスリップするようなものだが、僕の感覚では(まだ生まれてはいないけれど)一九六〇年代は陸続きで頑張れば思い出すことができそうなひと昔前。
文明の発展はすごいというけれどこの六〇年は伸び悩んでいるような気がする。

聴診器をあてるだけで病気を診断し、病名や原因がモニターに映しだされるドラえもんの「おいしゃさんかばん」みたいなのはまだ?
新型コロナ予防に「石鹸でよく手を洗いましょう」「マスクをしましょう」って……僕が想像していた未来の二一世紀にはまだ到達していない。

【映画】『キング・オブ・コメディ』

スタンダップコメディアンのつまらないギャグを観客が爆笑していて……滑っているのが一回転して受けているのか、四〇年前の映画だから笑えなくなってしまったのか、アメリカのギャグセンスが日本と異質過ぎるのか、どう捉えたらいいのかわからなかった。

ドラマ内ギャグは観客がメタで観てしまうから受けにくいのは確かだろうけど……
Amazonプライムのドラマ『マーベラス・ミセス・メイゼル』は1950年代の女性スタンダップコメディアンを描いたものだけれども、日常の(舞台の外の)やり取りは笑えるけれど、舞台上のギャグはそれほど面白くない。

【映画】『劇場版 ドーラといっしょに大冒険』

『さるとびエッちゃん』みたいな野生児の少女が都会(ハリウッド)の高校に転校するカルチャーギャップドタバタから途中で一転、ジャングルのインカ帝国遺跡を求めて冒険する話に。
いいところもたくさんあるんだけど、元のアニメを観ていた層を引きずったせいか子供向け過ぎる。
インディー・ジョーンズのように全ての年齢向けにしてもよかったのでは。

【映画】『チャーリーズ・エンジェル』ユナイテッド・シネマとしまえんで映画鑑賞

完全な新作/リブートではなく、世界観を共有する続編か……『ジョン・ウィック』みたくこの映画は我々の世界とは異なるチャーリーズ・エンジェルの組織が実在する平行宇宙なわけで。

『007』や『ミッション・インポッシブル』もそうなんだけど、この手の映画は作品単体で観ても完結してなく、前作までの映画あるいは元ネタTV版をある程度知っていて世界観を共有していないと100%楽しめたとは言えない。
マベール映画どころではない、年々映画を観るためのハードルが高くなっているような気がする。

【映画】『きみと、波にのれたら』

湯浅政明監督の映画は『マインド・ゲーム』しか観たことがなかった。

リア充のカップル描写は何も共感するところがなかったけれど、めくるめく映像の美しさで観続けさせるその職人的なうまさに舌を巻く。

男が死んで女が落ち込むのを見て、ようやく感情移入できるようになる。

水描写がとてもよかった。
最近のアニメの水描写はCG表現が多用されているのはいいとして、キャラクターがいかにもアニメしている絵で水だけテラテラしているのが気持ち悪い( 例えば細田守氏)。
新海誠氏ならそもそもの地の絵がCGだから違和感がないのだが。
そういう違和感を一切感じさせないうえ、タイトルのように「波に乗れている」シーンがかっこよかった。

その他コーヒー、卵など話のポイントポイントになる細部の描写がじつにいい。
好きな映画かというと微妙で普通だったけれど、絵や物語など全ての職人的なうまさにひたすら感心。

【映画】『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

朝イチで鑑賞。
途中からこの人たち(旧三部作からの連続性を持った登場人物)をこうやって観るのは最後なんだなと思うと涙が止まらなくなってきた。マスクが鼻水涙でグチュグチュに濡れてしまったので、映画館を出るとき新しいのに取り替えた。

J・J・エイブラムスって本当に冒険しないのな!! 
『ミッション:インポッシブル3』のときは新しい!と思っていたけれど……スタートレック以降の「観客に嫌われないように無難に作るスキル」の高め方と言ったら。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のときその傾向は最たるものだった。

今回もここぞというとき過去の人気登場人物(同じ俳優)をぶっこんでくるとこなど、まあ、いつもの
J・J・エイブラムスらしい目配せだった。

【映画】『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

当時を知らない僕は想像するしかないけれど、スターウォーズ旧三部作ってアメリカン・ニューシネマの流れを一気に吹き飛ばしたような映画で、六〇年代商業主義的映画の復活が当時は「懐かしくて新鮮」だったのだろう。それは寺沢武一『コブラ』のような「新しいビンに入れた古いブドウ酒」のようなもので、定番の神話的な物語を、最新のデザインと技術で見せる……しかしコンセプトの新鮮さはそれ自体が八〇年代ハリウッド映画に浸透し定番になって陳腐化していった。旧三部作と同じようなことをやっているのに新三部作の『ファントム・メナス』を映画館で観たとき「ふる!」と叫んでしまった。
でも『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』は前作の『フォースの覚醒』でがっかりしていたぶんを取り戻した感があった。新鮮さが確かにあった。
カイロ・レンとレイの会話がよかった。
エピソード4以来、やっとスター・ウオーズがスカイウォーカー一族(選ばれた人たちが活躍する神話)から解放され、名もない僕側に物語が戻ってきたのだと思って、泣けて泣けて仕方なかった。
修行をしたとは到底思えない子供みたいなルークの態度や無意味なフィンの行動や馬鹿な行動を繰り返す反乱軍と帝国軍……エピソードの問題は山ほどあるけれど、あの会話だけですべて許せる。

映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』

今週末の予習のため歴代スター・ウォーズを復習。
いま思えば、新三部作(プリクエル・トリロジー)のほうがよっぽどスター・ウォーズだった。

現在進行中の続三部作は「らしさ」で繋いでいるけれど、スター・ウォーズの二次創作みたいで言語化できない本質的な何かが欠けているように思える。
ルーカスの演出が達者でないところがよかった……とまでは言わないけれど、あれは紛れもなく作家性であり個性で空気感だった。作家性で起こるぶれが少なくなり、個性が薄まりスタイリッシュになったことで手作り感が消え、ビデオ(既製品)っぽくなっている。

まあエピソード7は連続した続きものだし、観客に気を遣って旧三部作をなぞるところから始めなければならないから、極端に逸脱した展開ができないのかもしれないけれど。
関係各位に対する配慮の見え隠れが、スター・ウォーズの幅をかえって狭くしているような。

ジャージャービンクスが懐かしい。

【映画】『シャイニング』

六年ぶりに観たら、ジャック・ニコルソンの嫁が以前僕と付き合ったことのある女性とそっくりなことに今さらながら気づいた。

当時の友達「お前の彼女、ガイコツみたいやな〜」

目がくぼんで歯が出てるガイコツみたいなところがまさしく!
ジャック・ニコルソンに少し感情移入した。

【映画】『ターミネーター ニューフェイト』

メキシコが舞台だからか、エンドクレジットで流れるラテン系風アコースティックギターのターミネーターのテーマが「みょみょんみょんみょみょん♪」と脱力。
あんなんスーパーで流れるX JAPANの琴バージョンみたいやんけ。
おでんが出来たときうちのおかんが「オデンデンデンデデン♪」とターミネーターのテーマで歌ったのを彷彿とさせる。

僕はターミネーターを2以降を全部映画館で観てきたのだが、なんと今回のリブートは3以降は全部なかったことにして2の続き。
じゃあ、僕がいままでがんばって映画館に足を運んでいたのは何だったんだ!?

暗殺ロボに改変未来の変化を知ることできる謎機能追加。

今回の『ターミネーター ニューフェイト』は、ロボなのにターミネーターが現在のシュワルツネッガーと同じ年齢に年老いていても、説明がない。

映画の登場人物の年齢が、現実の俳優の年齢に引きずられる問題は、このさきCGで相当解消されるだろうけど、真っ向から無視した今作は逆に潔いのかもしれない。褒めてないけど。

前作(4、5)までは何とか2の続きで整合性をつけようとしていたのに、そもそもの1、2の目的を冒頭で破壊して、1・2の命題(目的)が直接的には無駄骨になってしまったことになる。

3の女ターミネーター女優はそのあとエクスペンダブル・レディズでしか観なかった!

僕は2が公開される前、深夜放映された『ターミネーター(1)』のリンダ・ハミルトンの濡れ場でオナニーしたことがある。
……僕は(濡れ場で射精したことで)ジョン・コナーが自分の息子みたいに思っていたのかもしれない。
だから、俺の息子をあんなないがしろにしやがって!
とよけい腹が立ったのかもしれない。

ターミネーターって言うより今作は「ナーメテンのカー」という感じだった。

【映画】『メン・イン・ブラック』

何も覚えていないことに驚く。二〇一二年の『メン・イン・ブラック3』の公開時に全部まとめて観直したのに記憶の片隅にも残っていなかった。
赤いペンライトでピカッ!っとやられてしまったみたいだ。
覚えてないから新鮮に楽しめたかと言うとそうでもなく、八〇年代のスピルバーグ映画の焼き直しの既視感を継ぎ接ぎにしたような気持ち悪さで、せっかくの面白くなりそうな設定なのに何でこんな普通やねん!とイライラしてくる。イキってる最高潮の頃のウィル・スミスも鼻につく。
そもそも敵宇宙人の名前がバグって何だよ。こういう地球人目線(英語)で付けられた名前ってすごく違和感がある。星新一ショートショートに出てくる「チリラ星人」みたいな意味がありそうでないのにしてほしい。「フロル星人」とか「ユル星人」とか「キル星人」とか。
星新一氏のは並べてみるとそれはそれで意味が出てくるけど。

【映画】『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞

シナリオの穴が結構あったんだけど、これはやっぱりCGがあまりにレベルが上がりすぎて昔の特撮のように「ピアノ線見えてる!」みたいな楽しみかたができなくなったから、そういう楽しみのためにわざと作ってるのだろうか。
だってこれだけの大作映画ならスプリクトドクター(シナリオの穴を直す人)だって大金を出して雇っているだろうから、こんなゆるゆるなのを見逃しているとしたら、もう、わざとやろ!! 
そもそも論でいうと、トニーがあんなドローン兵器を用意していたんならそもそもMARVEL映画の危機のいくつかはあれで解決できたはず。
まあそんなのは終わってから思ったことで、鑑賞中はただただ映像の快楽に浸っていた。
ヴィランのめくるめく特殊効果の表現は新鮮だった。

ラスト、メリー・ジェーンと主人公の橋の上のあのシーンは、涙を袖で拭いながら観ていた。
そしてビル街を二人で糸ビューン……あんな青春時代、僕も送りたかった。
頑張って肛門から糸を出さなきゃ!

【映画】『スパイダーマン:ホームカミング』

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』予習のため前編『ホームカミング』を鑑賞。 
冒頭で車のドアを開けたトニーにハグだと思って抱きついたピーターに「まだそんな関係じゃない」と突き放す冷たいトニー。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』のプロット上の大きな穴だと思っていた、トニー・スタークが何でそこまでピーター(スパイダーマン)に過剰な思い入れしているのかという点だが、ピーターが逆にトニーに対して過剰な思い入れをしていることにたいする返答(トニーの心中の変化)だとするなら完璧すぎる……と『エンドゲーム』を思い出しながら泣けてならない。

これまでスパイダーマンのベストは東映版……でなくサム・ライミ版2だったのだけれども、『ホームカミング』以降は断然こっち。
というか一連のMARVEL映画の中でもベスト級。
『ファー・フロム・ホーム』が本当に楽しみ!!

【映画】『シャザム!』ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞。

アメコミ原作の知識を薄っすらと持っていたぐらいで、前情報をいっさい入れず期待せず映画館に入った。
これがめちゃくちゃ面白かった!
何度も声を上げて笑ってしまった。

ものすごくオリジナリティがあるとか、映像が斬新だとか、アクロバティックな構成だったとかではなかったけれど、とにかくキャラクターに感情移入できるよう丁寧に作られている。
主人公はもちろん主人公の家族一人ひとり、悪役もいじめっ子も、登場人物みんなに見せ場がある。
個人的には黒人少女が愛らしくキュンと来てしまった。
何度も何度もボロ泣き。

クライマックスは、そのグダり方自体が憎めなくて僕的にはむしろ好感度高い。
粋にピシッと締められてしまったら解釈の幅が狭まってしまう。
あのぐらいグダグダだから
「あのキャラのあれをもっと見たかった」
「あのキャラ活躍しすぎ」
とかみんなで盛り上がることができるのだろう。

映画が始まる直前、隣席の小学生が
「もう帰ろうよ〜」
とおむずかってたけど、物語が進むにつれおとなしくなっていったので、『シャザム!』が面白くて引き込まれたと思いたい。
僕がこの映画の対象年齢ジャストの頃に観たかった。

面白い映画観たり本を読むと幸せな気持ちになるな〜自分もそういう幸せを他人に分かつことができるような存在になりたい。  

【映画】『バンブルビー』ユナイテッド・シネマとしまえんで鑑賞

今までのトランスフォーマー映画で一番好き。
始まって三〇分目で「俺この映画好きだ!」と心から思えた。

バンブルビーはワンちゃんみたいで可愛すぎる。
犬怖がりの僕ですら萌え死にそうになった。

今までのトランスフォーマー映画も嫌いじゃなかったけれど、あまり自分と関係ない何かと何かが過剰な演出でドカスカやっているのを傍観している印象だった。
今回はスケールが比較的小さい出来事で、自分と地続きな物語。少女の葛藤と成長を丁寧に描いているという点ではパーフェクトだった。ラストで号泣また号泣。

バンブルビーを追ってきた悪の勢力メカが、米軍を騙して手を組もうとするのだが、軍人の一人が
「こいつらと手を組むなんて間違っている! 名前をディセプティコンていうんだぞ。deceiveはだますとかあざむくという意味じゃないか」
って言っているのに、映画館で声を上げて笑ってしまった。

何で悪の軍団は、自分の名前を悪そうな言葉で規定したがるのだろう。
そういやテッカマン敵軍団も自分から名乗っていたな「悪党星団ワルダスターだ!」って。
北朝鮮イランイラクだって自分のことを正義だと思っているから自ら「悪の枢軸」と名乗らないだろうに。しかも相手国の言語で!

【映画】『移動都市/モータル・エンジン』TOHOシネマズ新宿で鑑賞。

映像は本当に素晴らしい。見栄えは『ロード・オブ・ザ・リング』を思わせるような(ピーター・ジャクソンは脚本だけど)で重厚かつ細かい部分まで意識が行き届いた繊細さを兼ね揃え、デザインも秀逸、スペクタクル描写は圧巻、もう言うことがない。

それに比べ、登場人物の行動が支離滅裂さが逆ベクトルにすごい。敵に手を振って見つかり追いかけ回されたり、閉じ込められた部屋に穴をあけて「逃げよう!」と言って逃げなかったり、時間がなく急がなければならないとき意味なく時間をかけて革ジャン着たり。

何でこんなことになってるんだろうと首をひねっていたのだが、よくよく考えると登場人物が不合理な行動をとったあと物語上重要な出会いや道具の入手があり……つまりその展開に行き着くため事態が悪化する必要があって、逆算でとらされた行動なのだ。物語に引きずられて人物が動いているということ。