こんな本を読んだ!」カテゴリーアーカイブ

本を読むことはあまり得意じゃないのですが、頑張って読んでいます。
 
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【本】ジェフリー・ケイン『AI監獄ウイグル』

フィリップ・K・ディック『マイノリティ・リポート』のごとく、ウイグル自治区ではAIの予言による犯罪(テロ)取締りが行われている。
AIが事前に予測した人物を問答無用で収容施設に放り込み、再教育(という名の洗脳)を施す。
拷問は当たり前、家族を人質にして行動をコントロールする。
もちろん現代の科学力ではAIは不完全なものなのだが、それが故にどんな行動が危険とみなされるかわからないそれ自体が縛りになって、ウイグル人は中国政府の不条理な取り締まりに従順に従わざるを得ない。
街角はもちろん自宅にも複数の隠しカメラを政府に設置され、政府から派遣された監視員と一緒に住むことになる……
そもそもウイグル自治区で中国政府が使用しているテロ対策のシステムは、911事件の後、対テロ戦争で手を組んでいたときアメリカからノウハウを学んだものなのだ……

【本】辻村 深月『映画ドラえもん のび太の月面探査記』

映画ドラえもんのノベライズ(及び脚本)に辻村深月さんが挑むということで、どう料理するのか見たくて手に取る。
現在、藤子不二雄(AもFも)漫画を読んでいる最中で先月『ドラえもん』を全て読み終わったところ。
この部分とあの部分から引用してこの要素を足すのか、ここをひねるとはなかなかSF的だな、と、因数分解で次方程式の解を求めるように読んでいく。
……やっぱり、これ以上のものを作るためには一旦過去のドラえもんをリセットしなきゃ無理だよね。
その制約が厳しい中での最適値、ここまでよく頑張った! 

【本】ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』

最後の半分は二時間で一気読み。
湿地で生きる孤独な少女に感情移入してわんわん泣いてしまった。自分は彼女と環境も時代も全然違うのに。なのに僕も渇きのような孤独感、違和感を絶えず感じている。自分がここにいてはいけないような居心地の悪さ。家族の存在があってもそれは変わらず感じているしこれは生まれつきのものだろう。彼女は幸せな環境で育ったら違ったのだろうか。

【本】矢樹純『マザー・マーダー』

今年初めて読んだ文字の本。正月から人殺しの本を読んでいる。
ワン・シッティング(一度座って読みはじめて最後まで集中力が途切れることなく席を立たず読む)で読み終えることが出来た。
面白かった! 
けれどプロットが複雑で一読めでは物語の構造を完全に理解することができなかったので、もう一度読み直してみる。
(01月03日)

一度目の読書、完全に理解したとは言い難かったので、二度目は詳細にメモしながら読む。
プロット密度が通常の物語の倍。
けれど文章は読みやすく工夫されているのでうどんみたくツルツル読みすすめることができる。
ただし読みやすさで伏線をスルーしていると、突然作者の罠にかかってしまって飛び上がってしまう。
一度目はわからなかったけれど、メモを確認しながら読むと、ラストの物語が収束に向かっていく過程で今までの登場人物が再登場していたことに気づく。
熟読していればわかったであろうことで、複雑でなくちゃんとオチていた……反省。
(01月06日)

【本】伊吹有喜『犬がいた季節』

どの短編も甘く切ない青春の記憶。僕は第二話の二人とほぼ同じ世代。
高校生活、美大受験をした経験、そのあと教育実習にいったことなど重ね合わせる。
しかし似ているのはここまで。
こんな甘酸っぱく切ない恋模様の経験などしたことなく、犬も苦手なのに、我がことのように感情移入して何度も何度も涙を流してしまった。

【本】マーサ・ウェルズ『マーダーボット・ダイアリー (上下)』

あまりに面白くて上下巻六〇〇ページ強を一気読み。
自らを「マーダーボット(殺人ロボット)」と自称する警備ロボットが、自分探しの旅に出る。その過程で自分が引き起こした(ことになっている)大量殺人事件の謎を探ったり、巨大企業の悪事を暴いたり。
とにかく痛快、映画的漫画的なエンタメSF。読んでいて気持ちいい。
どのキャラクターもみな生き生きと描写され、悪役すら憎めない。人間嫌いで人間になりたくない主人公が極端な意味で一番人間らしい不思議。

【本】エラン・マスタイ『時空のゆりかご』

初の時間航行士である主人公によって引き起こされた歴史改変は、ユートピア的な「現在」を、今の我々の存在する「現在」に変えてしまった。
自らも改変前世界の自分と改変後世界の自分のアイデンティティの統合に苦しみ、改変を正そうと奔走する主人公……架空の事象をここまで掘り下げて考える作者の想像力に対し、素直に感心した。
逆に言えばこの小説の中だけの理屈の話過ぎて、一般化して感情移入しにくい。
僕は楽しんで読むことが出来ました!

読書猿『アイデア大全』

この本を読んでアイデアの練り方を考えると言うより、アイデアの練り方のメソッド(方法、方式)を書いている書籍を紹介している、という感じかしら。
僕も全部とは言わなくても結構知っていた。けれどここまで体系的に紹介している書籍を読むのは初めて。
僕は、絵やストーリーなど何らかのアイデアを感性だけで考えることがほぼ皆無で、いつも何らかのメソッドを用いながら論理的に考えている。「こんなことまで?」というようなことまで僕の中の理屈に基づいている。
だからこういうのは好き。

【本】町田そのこ『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

チョコレートグラミーを知らなくて、お菓子が浮かんでいる話かと「おいしそう!」と思って手にとっていた。チョコレートグラミーって熱帯魚なのね。
短編集ではあるが、各話の登場人物が次の話に数珠つなぎに現れることで同じ世界観であることを知る。
どのエピソードも独特のマクガフィン中心に話が回る。
弱い者、生きることに不器用な者が、狭い世界を突破しようと試みる過程。
物語技巧のうまさ、感情表現の瑞々しさに唸る。何度もしゃくりあげ涙してしまう。

【本】小松左京『継ぐのは誰か?』

本は一三歳のとき、近所のバザーで三冊一〇〇円で購入。そのときと一〇年前に読んで、今回が人生三度目。
一〇年前に読んだので大体のプロットは覚えていた。ミステリ仕立ての冒頭から未開の奥地へ、典型的伝奇小説展開! 
小松左京氏はジャンル小説を自分流に勘案するのが実にうまい。
そしてこの小説も単なるジャンル小説に終わらず、「小松左京小説」としか言いようのない壮大な歴史と宇宙の一部を垣間見せられたような、奇妙な感動に読み終わったあと襲われる。

【本】苫米地 英人『自伝ドクター苫米地 脳の履歴書 』

苫米地秀人氏の自伝がめっぽう面白くてクスクス笑いながら読んでいる。

●アメリカに留学して中一から飛び級で高三へ……アイザック・アシモフより頭いいねんな!!

●三菱地所のコネ入社……コネのスケールが違う。

●入社してすぐロックフェラーセンタービルの買収に参加

●雑誌『ログイン』の第一回ゲームコンテストに友達とプログラミングしたRPGを送って入賞、そのゲームをプレイしたエニックスの社長がそれをヒントにドラクエの構想が生まれた……いくら何でも過言過ぎるやろ!?

とは思うけど歴史的に重要な出来事全てに一丁噛みする姿勢は尊敬に値する。面白い!!

【本】カート ヴォネガット『カート・ヴォネガット全短篇 2 バーンハウス効果に関する報告書』

女性あるいはロマンスについての短編中心。
作家は自分が「知っていることを書く」べきである……という信条で書いているとのことだが、ヴォネガット氏は、幼稚園に出会い高校時代に付き合った彼女が大学で知り合った他のボーイフレンドと婚約したことを知ると、「戦争から戻ってくるまで(相手との結婚を)待ってほしい」と戦地に赴く直前に懇願した。その願いは聞き入られ、九死に一生を得て戦争から帰ってきた氏と彼女は結婚した。

そのエピソードのバリエーションをヴォネガット氏の小説で(この短編集以外でも)何度読んだことか。
でも、どんなに甘ったるい話でも(真実の欠片が潜んでいるため)どこか真に迫っていて泣けてしまう。

【本】カート ヴォネガット『カート・ヴォネガット全短篇 1 バターより銃』

戦争についての短編中心に編まれている。
作家は自分が「知っていることを書く」べきである……という信条でヴォネガット氏は書いているとのこと。
戦争ものにもかかわらず華々しい活劇はなく、ヴォネガット氏自身が体験した要素がどこかしこに入っている。
すなわちいつも腹をすかせ、捕虜収容所にはこす狡く監視係に取り入る兵がいて、味方であるはずの連合国軍から爆撃を受け絶望し、ドイツが逃げた後は市民から略奪し、ソ連兵が近づいてくると同じ連合国なのに怯える……全てこのバリエーション。

そういえば、硫黄島で戦った日本兵とアメリカ兵が数十年ぶりに出会うドキュメンタリーをしばらく前に観たのだが、同じアメリカ兵でも「日本人にどんな顔をして会えばいいのかわからない」という人もいれば「生意気なことを言ってきたらまたコテンパンにやってやればいいさ」といまだイケイケの人もいて、同じ戦場でも感受性によって随分差があるんだなと。

【本】三方 行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』

童話を最新のSF的ガジェットで描くという、出落ち感はあるけれど新しい試み。
出落ち感を払拭するためには、物語の新解釈、SF的ガジェットだけでない筆者の持っている物語の強さが要求されるのだが、SF的ガジェットのほうが筆者の物語より上回っている。
設定だけSFだが物語的としてはSFではない、スター・ウオーズのような懐かしいタイプのSF。

僕自身が童話をSF的志向で描こうと考えていたので参考に読んでみたのだが、方向性が違っていてホッとした。

【本】かんべむさし『38万人の仰天』

左遷されたサラリーマンが新天地の大阪で一発逆転を賭けたイベントを企画する話。
いい言い方をすれば(?)池井戸潤のドラマみたいだ。
SF要素は付け足し程度。

SF以外の、八〇年代の大阪の住まいやオフィスの風俗的な描写が興味深い。
四〇年前ってこんなふうに話していたっけ? 
明石家さんまやダウンタウン以降、みんな過剰にお笑いっぽく話すようになった一方、角が取れた部分もあり、登場人物たちがうちの両親と同世代にしてはもう少し上の世代みたいな話し方するな〜と大阪出身者は感じる。

大阪マスコミの作中のドメスチックな雰囲気については、僕は会社勤めの経験はないけれどマスコミ業界に出入りすることも多かったので、比較的わかるところもあるけれど違和感もあり、それが今と四〇年前の差なのか東京と大阪の差なのかはわからない。

物語的には淡白。
仕掛けがあるわけでも大きなどんでん返しもない。

四〇年前の男女ってこんなにうぶだったのか? 

【本】かんべむさし『宇宙の坊っちゃん』

もう四〇年前に出版されたのか……
僕が以前読んだのはたぶん一九八五年前後。
三五年近く前読んだのに、全てのストーリーと筋を覚えていて、表題作は登場人物の名前まで覚えていた。

正確に言うと、手に取るまでどんな内容の短編が入っているのか忘れていたけれど、手にとってパラパラめくったら脳内映写機に投影されるように内容が浮かんできた。
漫画か映画で観たような感じで映像化された記憶だった。

逆に、最近の自分記憶のぼんやりぶりにショック!

当時(中学生)はこういう短編は何でも大好物で、バクバク食べていた。
今でもこういうのが好きという記憶の残滓が残っているからSFを手に取るんだと思う。
いつのまにかこれを書いていた当時のかんべむさし氏の年齢まで越えてしまった。

当時読んだ自分がこう感じて、今回こうだった……という感じ方の比較が楽しかったのだが、初読でここまで楽しむことができたかどうかはわからない。