【映画】『複製された男』

存在しているが普段は見ることができない(石ころ帽子的な)クモ人間によって、人間社会は支配されている。
主人公は秘密クラブのセックスによってクモ人間によって生み出されたクローン人間で、『ブレードランナー』のように、自分はひょっとしたらクローン人間なのか? 真実の人間とはなにか? 的な問題と日常を絡めた物語。 

……だと思って、鑑賞後調べてみたら全然そうではなかった。
ドッペルゲンガーもので、現実にあったことを妄想を混じえて時系列通りに流さずにシャッフルすることで、ある種のミスリードを誘うようになっているみたいだ。
ただでさえそんなミスリードを誘う映画なのに、邦題がクローンを想起させるものだから余計そっち側に引き寄せられてしまう。

クモを使った隠喩も、まるでそういう現実に存在する化け物みたいに描いているからSF的な設定を受け入れてしまう素地になっている。
クモも実際の小道具として物語に絡ませたりあくまで妄想としてわかる演出だったら、わかりやすい内容だった。
ということは、この映画で不可解な部分は叙述レベルのことで、内容はそこまで哲学的な話でもないし、深みはない、わりかし「そのまま」な話。

フェアじゃない!

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