日別アーカイブ: 2015年3月3日

【日記】15年03月03日(火) 体重60.7kg

人の名前や数字はおぼえられないけど、乗り合わせた乗客、すれ違った人の顔を無意味に記憶してしまい忘れられなくなって困る。
帰郷途中、関ヶ原付近で窓の外の風景を見ていると、一七年前の一九九八年の夏、米原駅から関ヶ原の間の前の席に立っていた女性の顔が唐突に蘇ってくる。
人の顔やその場の状況を容易には忘れることができないので、油断すると僕は記憶の中を漂っている。
それはときとして地獄のようだ。

三時起床。
あわてて朝食を食べ、家を出る。
夜の街を駆け抜け練馬高野台駅より池袋駅行き西武池袋線始発に乗る。
池袋で青春18切符を購入、JRに乗り換え鈍行でひたすら西を目指す。
花粉症のためゴーグルとマスクを着用、呼吸が苦しく頭が朦朧とする。
人気の少なくなった関ヶ原付近で、車内で自分のつくったお握りを頬張ると思いがけずおいしい。
一四時半に高槻駅に到着、駅前開発で変わり果てた自宅へ向かう道を歩く。
実家は寒い。
疲れで何もできず自室のベッドで本を読んでいると眠くなってきて……二三時就寝。

この日ほか記事一覧


【本】『かもめ・ワーニャ伯父さん』チェーホフ

チェーホフは初読。
『桜の園』が吉田秋生「櫻の園」(映画化された)の元ネタということは知っている。
あと最近読んだ、ふみふみこ『さくらの園 』も『桜の園』のオマージュらしいが、何しろ『桜の園』を読んでいないのでわからない。

読んで身につまされ痛々しい。
『かもめ』の主人公トレープレフのラストのような勇気もない、ワーニャ伯父さんがごとく偏屈な中年になった自分は、それでもこの現実を生きていかざるを得ない。
一〇代のときはそんなこと思いもしなかっただろうし、この小説の意味を実感することもできなかっただろう。
そんな気持ちを理解できることが、いいことなのかどうなのか……

それでも、生きていかざるをえないのだ! 

【本】『竹取物語』星新一

星新一氏の翻訳本は、他人が訳したものを氏の名前だけ貸すケースが多いらしいので警戒して読み始める。
読んでみて安心、これは他人作ではなく、『できそこない博物館』や『進化した猿たち』のように創作論と絡めて描いている実に星新一的な視点の入った新約と言ってよい『竹取物語』。
主観が強い(解釈が個性的な)読み物けれども、星新一ファンあるいはSFファンなら読んで楽しいはず。

【本】『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』フィリップ・K・ディック

数年ぶりの再読。
それまでは中盤までのわかりやすさに比べてラストのわかりにくさといったらない……という印象だったが、今回読んでみてこのラストが当然の帰結と納得。
意識的か無意識的かわからないけれども、ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』に沿って物語が作られている。
「ニューロマンサー」の影響も感じるがそれはよく考えたら逆か。
読んだ順番が逆だからいつもこんがらがってしまう。

この小説に関しては時期をおいて再読するごとに自分の理解が深まったことを実感できる。 
読書量と国語力はやはり比例するのだ。

【本】【漫画】『竹取物語』池田理代子

かぐや姫はUFOで地球に送られたというSF的設定、月の世界からの使者もUFOで訪れる。
なのにこの『竹取物語』の大筋は池田理代子氏なりに解釈して表現されたものではなく、日本の古典文学を漫画で読みやすくしてみましたという程度のアレンジ。
何故、SF的要素を入れたのだろうか。
かぐや姫が地球上に赤ん坊の姿で転送されたのが謎なことと同じぐらいの謎。